化学調味料&保存料のバケツ理論

 最近、食事の幅が狭まってきた。基本的に手作り料理しかおいしいと思えなくなってきたのだ。若い頃はカップ麺もコンビニ弁当もおいしく食べられていたのに、冷凍食品すらダメになってしまった。忙しいときにインスタントラーメンで済ませるときはユーウツになるほどだ。そして、焼き魚や冷ややっこ、ほうれん草のおひたしなど、シンプルな料理が今まで以上においしい。理由を考えていて思いついたのが、化学調味料&保存料のバケツ理論だ。若い頃に大量に摂取したため、人が生涯においしいと思える量の最大値を超えたのではないか。そのため、化学調味料&保存料を使っていないものはおいしく感じる。
 まだスナックなど菓子類はおいしいことが、この説に真実味を与えている。というのも、若い頃からあまり菓子を食べる方ではないからだ。菓子類はまだ限界が来ていないのかもしれない。ハーゲンダッツやポテチをおいしく食べられない日が来るのが、今から怖い。
                               2024. 2. 1





1年ぶりのパンの味

 私は和食党なので、元々あまりパンを食べない。月に何度かは食べていたが昨今の値上がりで高級品になり、いっそう縁遠くなってしまった。食べないまま1年くらい経っていたが、先日出かけた街で遂に食べた。地元で長く愛されている人気ベーカリーで、私も過去に取材したことがある。以来、その街に行くと立ち寄ることにしている。イートインで、トーストの盛り合わせに具沢山のスープが付いた定番メニューを注文。チーズを挟んだものやゴマがふんだんに使われているものなど、いろんなパンをちょっとずつ食べられる贅沢なセットだ。どのパンも温かく、かむごとに口の中に豊かな風味が広がる。バターを塗ってあるものは生地にしみこんだのがじゅわっと出てくる。仕事を終えて立ち寄ったときには15時をまわっていて、その日ほぼ初の食事だったこともあり、むさぼるように食べてしまった。「おいしい」は最強だ。また、近所のパン屋に通ってみようかと考え始めている。
                               2024. 1. 21





クラフトビール狂騒曲

 クラフトビールがブームだ。クラフトビールとは、少量生産の個性的なビールのこと。つくり手の大半は小さな醸造所なので、直営のバルや契約しているレストラン、ビール専門店などでしか入手できない。大量生産品と比べると高価だが、苦みが強く香りの華やかなIPA、熟成期間が長くアルコール度数高めのバーレーワイン、香ばしい風味の黒ビールなどいろんな種類があって楽しい。日本酒やワイン、あるいはチーズやチョコレートのように。
 大量生産・大量消費の時代の「万人受け」「全国展開」といった評価軸が、「多様性」「地産地消」「顔の見える生産者」などにシフトチェンジした今、ブームは必然かもしれない。なにせ大手メーカーも参入せざるを得ないほどの人気なのだから。ビール好きとしてはうれしい限りだ。私は定期的にクラフトビールが届く宅配サービスを利用していて、毎回違う種類が届く。このワクワク感は、慣れ親しんだ味がもたらす安心感以上の価値がある。
                               2023. 8. 22



就眠運動

カラテア・マコヤナ
                               2020. 1. 11



みんな、ひとりぼっち

 1993年にリリースされた「ひとりぼっちのエール」は、ロックバンド「安全地帯」の歌曲。過去の自分に力づけられ、癒される、自分から自分への応援歌だ。歌詞に出てくる「君」と「僕」は、現在の自分と若かりし頃の自分。青春時代を振り返る大人が、奮闘する自分を温かいまなざしで見つめる情景が浮かぶ。人はみな、自分で自分を励ましながら生きていくしかない。その凛とした心の佇まいに打たれる。切ない曲調で、玉置浩二がドラマチックに歌い上げるので、疲れた中年にはことさら響く。ピアニッシモのささやき声で心を掴み、一気に力強いサビへと持って行く構成が憎い。
 映画「風に立つライオン」に、他に誰もいない草原で主人公が「頑張れー!頑張れー!」と叫ぶシーンがある。まさにこの曲のタイトルのような光景だ。彼は、頑張れという言葉は人に向かって使うものじゃない、自分に向かって言っているんだ、と言う。
 世界中の誰もが、ひとりぼっちで頑張っている。
                               2020. 1. 9



春爛漫

桜
                               2017. 4. 8



梅が咲けば、春はすぐそこ

 一年で一番冷え込みが厳しいのは、春を間近に控えた頃だ。夜明け前が最も暗いのと、どこか似ている。この時季に咲くのが梅の花だ。別名「春告草(はるつげぐさ)」。厳冬の中で近づく春を感じさせてくれる梅は、昔から慶事・吉祥のシンボルとされてきた。また、菅原道真が特に好んだことから学問の神・天神の象徴としても使われる。天満宮に梅が多いのはこのためだ。
 桃や桜と比べると、梅は一本の枝に対して花の量が少ない。だから、群生していても圧倒されるような華やかさはない。代わりに一本で完結した美しさがあり、盆栽でも人気がある。上手に剪定すれば長生きするし、枝ぶりも風情を増す。ゴツゴツと荒々しい木肌と可憐な花の組み合わせは、老いと若さが同居するようだ。同じ木に紅白両方の花をつける種類があるのもおもしろい。
 ちなみに等級を表す「松竹梅」は、元は中国で好まれた絵のテーマ。寒さに負けない凛とした姿に、人々は等しく敬意を払った。
                               2016. 2. 12



料理の不思議な力

 嫌なことがあったとき、元気が出ないときは、料理をする。新鮮な食材を買ってきて、台所に立つ。普段作らない手の込んだ料理を、いつもより丁寧に作る。調味料もきっちり計量して、下ごしらえもちゃんとやる。出来上がりの時間なんて気にせず、大体は缶ビールを飲みながらのんびり作る。野菜を洗い、皮をむき、切る。肉や魚に下味を付け、火を通す。一つひとつの単純作業に集中する。
 聞こえるのは水の音、包丁がまな板をたたく音、油がジュウジュウいう音。台所には、湯気や出汁の香り、油の香ばしい匂いが立ち込める。だんだんと、冷えた心に血が通い始める。吉本ばななの『キッチン』の中に、台所についてこんな一文がある。「ここに立つとすべてが振り出しに戻り、何かが戻って来る」。
 すべての料理が完成したときには夜が更けていることが多いけど、きちんとお皿に盛り付けてテーブルいっぱいに並べ、出来立てを味わう。また少し、元気になる。
                               2016. 2. 4



美容整形の功罪

 韓国で美容整形手術の誇大広告が規制されるという報道を見て、昔観た韓国映画を思い出した。キム・ギドク脚本・監督の「絶対の愛」(2007年)だ。恋人の心が離れていくのを恐れた若い女がみずから彼のもとを去り、整形し別人として彼の前に現れるという話。静かな狂気が全編に漂う、ギドクらしい作品だ。
 ギドクが手がける作品には背徳的な内容が多く、暴力シーンが目立つ。自分を売春街に売りとばしたヤクザを愛するようになる「悪い男」(2004年)には、女性蔑視との批判も上がった。最近では性器切断など過激な内容をセリフ一切なしで見せた「メビウス」(2014年)が話題に。韓国での評価に比べて世界的な評価は高く、「サマリア」(2005年)でベルリン国際映画祭の銀熊賞を、「嘆きのピエタ」(2013年)でベネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞するなど、名だたる賞を獲得している。
 「絶対の愛」は、美容整形への危険意識が薄い自国への痛烈な風刺でもあったと思う。

※カッコ内は日本公開年
                               2015. 2. 16



人の目より天の目を気にしたい

 人からどう思われるか。自分の行動や姿がどう映るか。
 インターネットの普及で多種多様な情報を手軽に知ることができるようになったいま、人はかつてないほど自意識過剰になった。自分の考えがどんな人と同じか、違うか。どう受け止められるか。常に他人の顔色をうかがうようになった。しかし、メディアの情報は編集によって切り貼りされたものだ。わかりやすくするために誇張や省略をする。100ある事例を無視して1つの特例に焦点を当てたり、つまらないものをおもしろく見せたり、善意を悪意として伝えたりする。
 もとより解は一つではない。真実は多面体だ。想像力を働かせて考えるクセをつけよう。世界中に張り巡らされたインターネットに負けないくらい、一人の人間が持つ想像力は深くて広い。必死にクリックしていたときには気づかなかったことが、案外簡単に見えてくるかもしれない。
 天に恥じることがなければ、人目を気にする必要もないはずだ。

                              2015. 2. 5



年月をかけて観る、遠い昔の話

 遠い昔、はるか彼方の銀河系で・・・。
 シリーズ映画「スター・ウォーズ」の各エピソードの冒頭に流れる一節だ。作中には高精度のロボットや超光速で移動する宇宙船など未来的と思える要素が出てくるが、時代設定は過去なのだ。広大な宇宙では地球は無数の星のひとつにすぎず、優劣や美醜といった私たちの価値観やルールも地球限定のもの。その事実を心にとめて観ると、現実離れした作品世界もリアルなものに感じられてくる。
 2015年末に7作目の公開が予定されている同シリーズは、制作・公開順がストーリーの時系列どおりではなく、また3作ごとに大きなインターバルが空いているのが特徴だ。

1977年 エピソード4
1980年 エピソード5
1983年 エピソード6

1999年 エピソード1
2002年 エピソード2
2005年 エピソード3

2015年 エピソード7(公開予定)
2017年 エピソード8(公開予定)
2019年 エピソード9(公開予定)

完結まで実に42年。長い年月をかけて鑑賞するおもしろさも格別だ。

                              2015. 1. 17



冬の装いに効くスパイス

 冬は、ファッションセンスが試される季節だ。
気軽に洗えない外套は、汚れが目立たず着まわしがきく、黒や紺などダークな色味が好まれる。でも悲しいかな。黒い髪や瞳の人が何も考えずにそういった色を身に着けると、清潔感が感じられず、みすぼらしく見えたり、人の気分を滅入らせたりする。
 全身黒づくめなのが青い瞳や金髪の人なら、淡く明るい髪や瞳の色が引き立って様になるだろう。でも髪や瞳の黒い人が暗い色で全身を覆うときは、彩りを足す必要がある。橙や萌黄色のマフラーで顔まわりを明るくすれば、黒の美しさが映える。胸元からのぞくセーターの赤、眼鏡のつるに入った若葉色、腕時計の文字盤の空色などもいい。彩りは山椒や七味唐辛子のようなもので、ないと味気ないが、少量で効果が出る。口紅を塗るだけでもいい。おしゃれも人の心も案外、単純なことで変わるものだ。
 派手すぎるとしり込みしていた服やアクセサリーは、今が出番かもしれない。

                               2015. 1. 8



合作もラクじゃない

 エッセイでは失敗談がよく取り上げられるが、井上夢人の『おかしな二人 岡嶋二人盛衰記』はレベルが違う。「乱歩賞の応募要項を、僕たちはアルバイトニュースと同じ感覚で読んだ(本文より抜粋)」こと、原稿用紙350枚以上の長編小説を1週間で書こうとしたことなど、呆れるようなエピソードが淡々と書かれている。
 タイトルにある岡嶋二人とは、1980年代に活躍したミステリ作家。ペンネームのとおり二人組の作家で、著者の井上氏はその一人だ。前半の「盛」の部では7年かけて江戸川乱歩賞を受賞し作家デビューするまで、後半の「衰」の部ではコンビを解消するまの作家生活が描かれる。相棒の徳山氏と交わしたメールも紹介され、作家の産みの苦しみ、プロとしての不安や重圧、合作の難しさが伝わってくる。岡嶋二人を知らずとも楽しめるが、出版されている作品を例にトリックを完成させる過程も明かしているため、これから岡嶋作品を読む人にはお勧めできない。

                               2014. 12. 15



巨大昆虫のファンタジー

 昆虫は小さい。ショウリョウバッタやオオカマキリも手のひらサイズだし、大型のカブトムシやナナフシでさえ角や脚を入れて20~30センチ程度だ。化石では羽を広げた長さが70センチのトンボの仲間が見つかっているが、4億年の歴史でそれが最大なら、昆虫は基本的に小さいと考えていいだろう。ある昆虫学者は「手軽な呼吸法を選んでしまって大きくなれない」と、血管や肺を持たない構造がサイズの限界を作ると指摘(※)している。
 でも、だからこそ大きな昆虫にはわくわくする。動植物と会話できる医師の冒険譚・ドリトル先生シリーズには月を舞台にした3部作があり、家ほどもある大きな蛾が登場する。アポロ月面着陸の40年以上前に発表された作品のため、いま読むと月や宇宙空間での描写は荒唐無稽だが、発想が自由でおもしろい。蛾の背に乗って宇宙空間を飛行する場面はその最たるもので、今でも大きな蛾を見ると、背中を観察して乗り心地を想像してしまう。

※『昆虫 ― 大きくなれない擬態者たち』(大谷 剛 著)より
                                2014. 12. 9



好きだから、長く続けたい

 男子プロテニス選手協会は2日、今年の好ゲームを発表。1位にはATPツアー・ファイナルのシングルス準決勝、フェデラー vs ワウリンカ戦が選ばれた。フェデラーといえば、今年ランキング5位に躍進した錦織に「(自分にとって)壁」と言わせた選手だ。
 男子テニス界では3強時代が10年続いている。2004年から2014年現在まで、ランキング1位は常にジョコビッチ、ナダル、フェデラーの誰か。中でもフェデラーの実績と安定感は群を抜いている。2004年2月~2008年4月にかけて237週連続でランキング1位を保持、連続在位記録を樹立。通算の在位も302週と歴代トップ。4大大会でのシングルス17回優勝は最多で、4大大会への連続出場記録など継続中の偉業も多い。
 26歳のとき「モチベーションはテニスへの愛情。できるだけ長くテニスをしていたい。35歳まではプレーしたい」と話していた(※)フェデラーは、現在33歳。来年も華麗なプレーを続け、若い選手たちの壁となれるか。

※『テニスについて私たちが本音で語った本』(安藤 正純 著)より
                                2014. 12. 4



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